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きゆな智子の目指す政治(1)なぜ松下政経塾に行ったのか―「志を持って生きる」とは何かを考えよう

よく「政治家になりたくて松下政経塾に入塾したんですか」とたずねられます。政治・政策にまつわる仕事をしたい、という方向性は持っていたものの、公務いすぐに立候補するんだという具体的なイメージは持っていませんでした。「社会人として仕事できるようになることが優先。20代はなんでも経験して、30歳前後で留学して、40歳くらいまで議員になる想いがあるなら挑戦しよう」という思いは念頭にありました。

大学進学する頃には、社会や政治について自分なりの問題意識を持っていましたし、1995年の米兵による少女暴行事件をきっかけに、本土で沖縄について話をする機会が増えていました。そのたびに「沖縄の政治課題をどう伝えればよいのか」と考える場面に直面しました。沖縄の米軍基地問題を説明しようとしても、歴史や政治的背景が共有されていなければ、話が伝わりにくかったのです。

大学の授業、本や論文、さまざまな議論。知らなかったことを知る毎日は楽しくて仕方ありませんでした。このために大学に来たのですから。

それでも物足りなかったのは、「なぜ基地問題が国で解決されないのか」「沖縄はどうすれば基地か経済かという二項対立を乗り越えられるのか」「沖縄の将来をどう考えればよいのか」という問題意識を、研究テーマとして設定したり、収斂させる方法や形がつかめなかったことです。相談した教授たちからは「沖縄はいま動いている政治だからねぇ…」という反応が返ってくることが多く、研究テーマとして扱う難しさも感じるようになりました。

そのうち、自治体コンサルの方にご縁をいただき、市町村合併や市民参加型のまちづくりをテーマにした調査事業のアルバイトをきっかけに、「大学の授業では見えなかった現場」に関心が向くようになりました。

就職活動の時期になると「もう少し沖縄以外の社会を経験してみよう。そうしながら自分の問題意識を温めていこう」と考えるようになりました。当時興味を持っていた業界や会社は、海外勤務を目指せそうな商社や金融機関、また地域に根差した事業を行う企業。そんなとき、大学の就職相談室で松下政経塾のパンフレットを見つけました。

中学生の頃から松下政経塾の存在は知っていました。資料を手に取って目に入ってきたのは松下幸之助塾主の言葉です。

「世のため、人のためになり、ひいては自分のためになるということをやったら、必ず成就します」

社会のためになる仕事とは何だろうか。

「志を持って生きる」とは、どういうことなのだろうか。

沖縄のために何かできる人間になりたいなら、ここにいくのもありかもしれない。そう思ったのです。

入塾願書には「松下幸之助氏の政治・経営への考え方を学びたいこと」「他の塾生との議論を通じて日本政治の将来の一端が見えるのではないかと考えていること」、そして「政治家を志す人々が集まる場所だからこそ、沖縄の視点を持ち込み、私自身も議論に貢献したいこと」という内容を書いたことを覚えています。 

何度も願書を書き直し、締切日当日は東京駅の地下にあるカフェでも書き直し、終電にギリギリ間に合う時間で郵便ポストに投函。

選考試験を経て入塾できることになりました。

松下政経塾で過ごした4年間は、私にとって「政治家になるための学校」ではなく、「志を持って社会と向き合うとは何か」を問い続けた時間でした。その経験は今の県議会での活動につながっています。

(続く)