最初のきっかけは、米軍基地の存在です。
私は那覇出身ですが、子供の頃は父の故郷の読谷村に毎週のように通っていました。国道58号線を北上すると、戦闘機が爆音をまき散らしながら低空飛行する姿が見えます。そのようすに嫌気がさし、父に「どうしてあの飛行機はこんな近くを飛んでいるの」と聞くと、父は「日米安保(条約)があるからさー」と教えてくれました。「政治で決まったことが、くらしに大きな影響を与えている」。私の中で、くらしと政治のつながりを感じた最初のできごとでした。
その後、中学生になると刑事ドラマや探偵ドラマの影響で「調べること」に興味を持ち、「警察官になりたい」と思った時期もありました。ただ、それを当時の先生に話すと、「法律を扱う仕事なら、弁護士や裁判官という道もあるよ」とアドバイスされ、自分なりに調べてみました。その結果「法律家や官僚のように法律や制度を『運用する』仕事より、それを『つくる』議員のほうがやりがいがあるのでは」と考えるようになり、政治家を目指す気持ちが生まれました。
こう書くと、「え、もっと印象的で劇的なエピソードはないの? なんか普通だね」と思われるかもしれませんね。でも、私自身は「普通でいい」と思っています。沖縄の一般家庭で生まれ育った人間だからこそ、「普通のくらし」の大切さを知っていますし、「沖縄の普通のくらし」を支えるために、政治の世界で精一杯働きたいと考えています。
私が主に実現したいことは、以下の3つです。
私自身も4歳の子どもを育てるひとり親ですが、ひとり親が子育てするとき、最大の不安は「生活費の確保」です。家賃をはじめ、食費、光熱費、保険料、そして何かあったときのための貯金など、月々の生活費を賄うためには一定の収入が必要です。しかし、ひとり親家庭は非正規雇用のシングルマザーが多いこともあり、月々の収入が少なく、また不安定になりがちです。
加えてひとり親家庭の場合、子どもは保育園に預けて働くことになりますが、保育園で子どもが急に発熱したり、仕事で突然残業が発生したりといった場合、ひとりでは保育園のお迎えの都合をつけるのも大変です。
私はひとり親の当事者として、以下のような政策の実現を目指します。
沖縄県内にある企業は、99.9%が中小企業です。私自身は、大企業と零細企業の両方で働いた経験がありますが、大企業は組織の仕組みが比較的しっかりしており、上司や先輩からのサポートが受けやすく、新入社員向けの研修も充実していると感じました。
それに対し、中小零細企業は限られた人数で一人何役もこなさなければならず、大企業のような職場環境をととのえるのは難しくなります。しかし中小企業は社員数が少ないからこそ、自分では予想もしなかった新しい経験ができる可能性も高まります。私の場合、ラジオ局でレポーターや番組編集などの仕事を任されたのは、非常に大きな経験でした。
私は沖縄の中小零細企業を支援するため、以下のような政策の実現を目指します。
「住民目線のまちづくり」とは、「住民のニーズに合った予算の使い方をすること」です。私自身、那覇市内の商店街でまちづくりに関わった経験から、「住民にとって必要な事業にお金が使えるよう、住民の意見が通る仕組みを作ること」が重要だと感じました。
もともと、政治家は「地域の声を政治に活かす」のが仕事ですが、価値観が多様化する今、地域の住民ニーズも多様化しています。そのニーズを細かくフォローし、沖縄の歴史・文化を継承するとともに、安心・安全な島を次世代につなげていきます。
具体的には、以下のような政策の実現を目指します。
私が立憲民主党から立候補すると決めたのは、党が前面に掲げる2つの政治姿勢に共感したからです。
1つめは「草の根からの政治」です。
「住民参加のまちづくり、協働のまちづくり」に取り組んだ経験を持つ私にとって、「草の根からのボトムアップの政治」は、特に大事にしたい考え方です。
2つめは「女性議員を増やす」です。
日本は人口の男女比はほぼ半々なのに、地方議会でも国会でも、女性議員の数がとても少ないです。政策決定の場が男性中心という現状を打破し、女性議員を積極的に増やそうとする党の動きは、私自身にとっても政治の世界に飛び込む一つのチャンスだと思いました。
そしてもう一つ、私が共感したのが、2019年に枝野代表が来沖した際、タウンミーティングで語った「東北には独自の歴史観を背景にした“東北学”がある」というエピソードです。
沖縄も東北同様、独自の歴史を持つ地域で、それが今の政治状況にも反映されています。枝野さんのように、地域ごとの歴史と、そこから今に続く社会を大切にする人が代表ならば、沖縄の歴史や社会状況を踏まえた政治を共に行える可能性があるのではないかと考えました。
Q1で述べたとおり、私は中学生の頃から政治に興味を持ち、将来は政治家になりたいと思っていました。しかし、大学入学とともに上京し、首都圏で生活する中で、「私は故郷の沖縄のことを何も知らない」と気付き、「政治家になるのは、沖縄のことをもっと知ってからでも遅くない」と考えるようになりました。
大学卒業後は松下政経塾で学び、卒塾後は沖縄にUターンして働き始めました。はじめはコミュニティFMの運営や、那覇市内の商店街でのまちづくり活動に取り組み、2008年から約10年間は、日本IBMのバックオフィス業務を担う会社に勤務しました。その会社で働く中で、沖縄でのキャリア形成や雇用環境の問題点について、自分なりに考えるようになりました。また、2016年に長男を出産してからは、「沖縄らしい保育や環境ができる環境づくり」への関心も高まっていきました。
そして2017年に立憲民主党が結党され、その活動を見るうちに、私は「立憲民主党なら、私が目指す政治を共に行える可能性があるのでは」と感じました。
現在、立憲民主党は国政で野党第一党ですが、沖縄で活動する立憲民主党の政治家は、市町村議員が2人いるのみです。沖縄の声を国政に届けるためには、市町村議会に加えて、県議会にも立憲民主党の議員が必要です。私が共感した「草の根からの政治」と「女性議員を増やす」という政治姿勢を実現するためにも、私は今回の県議選に立候補しようと決めました。
立憲民主党は「辺野古移設について再検証をし、沖縄県民の理解を得られる道をゼロベースで見直す」との立場です(「立憲民主党の外交・安全保障・基本政策」より https://cdp-japan.jp/policy/02)。
私自身は、普天間基地の辺野古移設が発表された1997年からずっと、移設に反対しています。そしてこれまでの各選挙でも、移設反対を表明した議員・候補者を支持してきました。自ら政治に挑戦するにあたっても、この考えに変わりはありません。立憲民主党内でも、県民は辺野古新基地建設に反対であること、そして県内での基地のたらい回しにも反対であることを主張し続けます。
県連代表 :屋良 朝博(衆議院議員、沖縄3区)
代表代行 :喜友名 智子(沖縄県議会議員)、有田 芳生(参議院議員、全国比例)
副代表 :國仲 昌二(沖縄県議会議員)
幹事長 :大城 竜男(南城市議会議員)
幹事長代行:要 正悟(豊見城市議会議員)
政調会長 :清水 磨男(那覇市議会議員)